水面の蝶(11)

 ということで、本日2つ目の記事です。
(10)を読んでからこちらを読んでくださいね。(^^








水面の蝶(11)





 ハッとして青木は眼を覚ました。窓からは、西日が差し込んでいた。
 左腹に強烈な痛みを感じる。じりじりと、焼けるように痛い。刺し傷がこんな痛み方をすることを、青木は今まで知らなかった。
 周りを見回すと、白い壁とサイドテーブル、小さなロッカーが見えた。どうやら病院の個室らしいが、部屋には誰もいなかった。
 サイドテーブルに置かれた腕時計は、6時を指している。あれから2時間ほどしか経っていない。
「帰っちゃったんだ。冷たいなあ、薪さん」
 ぽつりと呟いて、でもそんなことはどうでもよかった。

 美月はどうしただろう。
 自分を刺したのを、薪は目撃している。厳格な薪のことだ、美月の罪状に傷害と公務執行妨害を追加しているかもしれない。あの場では表沙汰にしないようなことを言っていたが、怪我をした青木を思いやってのことかもしれない。薪は目的のためなら、平気で嘘を吐くのだ。
 竹内に美月のことを任せると言っていたが、竹内は上手くやってくれているだろうか。美月の言うことを、信用してくれただろうか。
 いや、そんなに心配することはない。篠田のことをきちんと調べてくれさえすれば、美月が犯人でないことはすぐにわかる。わかるはずだ。
 だが。

 心に広がる暗雲のような不安を、青木はどうしても消すことができない。
 小さな手に小さなナイフを握って、あのとき美月は言った。

『嘘吐き。男はみんな、嘘ばっかり吐くの』

 彼女の呪詛は、彼女が男に裏切られたことを暗示していた。
 銀行の上司との不倫関係、その相手に頼まれての横領、それを美月は友人のしたことだと青木に言ったが、もしかするとそれは。

「ちがうよな……美月がそんなこと、するはずない。あの美月が」

 繰り返しながら、青木は薪のきれいな頬を伝った真っ赤な血を思い出す。刃物でひとを傷つけるなんて、それも選りによって薪のことを。
 大事な薪に傷を付けられたかと思うと、怒りが込み上げてきて彼女を憎む気持ちが生まれてくる。
 やっぱり、自分は彼女に謀られていたのか。
 心の底からやさしい女性だと思っていたのに、あれは青木と付き合っていたから、恋人の前だから、だからあんなに善人でいられたのか。
 それを欺瞞と言うつもりはない。自分だって、薪の前では善人の振りを、いや、善人であろうとする。好きなひとにはよく思われたい。当たり前のことだ。

 だけど。
 信じたくない。彼女との思い出はあまりにも美しすぎて。あれがすべて若き日の幻想だったと悟るのはつらい。

「美月……」
 密やかに呼んだ彼女の名前は、見知らぬひとの名前のように、青木の耳に虚しく響いた。




テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
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2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
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