水面の蝶(12)

水面の蝶(12)






 日曜日の早朝、薪は渋谷南署に竹内を訪ねてきた。
 時刻は朝の6時。日曜日の署は、ひっそりとしていた。ここにいるのは『T銀行副支店長殺害事件』の捜査員だけで、それも指名手配中の重要参考人が捕まったことから殆どの職員は一旦は自宅へ帰り、取調べに当たる数人の捜査官だけが泊まり込みをしているだけだった。8時を回れば報告書の作成のために彼らも出てくるだろうが、それまでにはまだ間があった。
 
 使われていない小会議室に入り、ガタガタいうパイプ椅子にふたりは腰を下ろす。何処の署も予算削減で、普段使っていない部屋の備品は自然とガラクタばかりになる。
「青木は大丈夫ですか」
「ええ。大した怪我じゃありませんでした」
「よかった」
 竹内は心から喜んで、素直に安堵の言葉を洩らした。その気持ちは薪だって一緒のはずなのに、彼のくちびるから出てくる言葉は実に厳しかった。
「あれくらいの出血で気絶なんかして。情けないやつです」
 澄ました横顔がおかしくて、竹内は笑い出しそうになる。昨日はあんなに思い詰めた顔をしていたくせに。

「彼女は事件について、なにか話しましたか」
 尋ねる薪に、竹内はまたもや不思議な感覚を味わう。
 薪の声音からは、大事な人を傷つけられた恨みも口惜しさも伝わってこない。竹内でさえ友人である青木を傷つけられてかなりの私怨を抱いているくらいなのに、彼はどうしてこんなに平静でいられるのだろう。
 薪の丸い頬に貼られた絆創膏を見て怒りを新たにしつつ、竹内は首を振った。
「いいえ」
「例の、篠田玲子については」
「彼女はシロです。アリバイもあるし。それに、昨日電話で言った通り、副支店長と不倫関係にあったのは山本美月のほうです」
 篠田玲子という行員を調べるようにと薪から電話が入ったのは、昨日の午後だった。副支店長の不倫相手については既に情報が上がってきていたから、その事実を彼に伝えた。それから1時間ばかりして、青木の昔のアパートに来るよう言われたのだ。
「そうですか」
 長い睫毛を沈痛に重ねて、薪は苦しそうに息を吐いた。ぎゅっと握り締めた両の手が、かすかに震えている。

「室長。俺のカンでは、彼女はクロです」
 膝の上で震える手を止めようと、もう一方の震える手を重ねる。握られた手が白くなるほどに籠もるその力は、嘆きか、怒りか。
「……青木は、違うと言っています。彼女は天使のようにやさしい女性だったと」
「青木が知っているのは、昔の彼女でしょう」
 彼女と青木の過去を知っているのは自分だけだとでも思っていたのか、薪は驚いた表情で竹内を見た。こんなに朝早くから署を訪れたのも、二人の関係を説明するつもりだったのかもしれない。

「俺は青木のダチですよ。昔の女の話くらい聞いてます」
「そうなんですか? 僕は今回、初めて知りました」
 それはそうだろう。過去の女性の話だ。友人には話せても、薪には話せない。当たり前だと思っても口には出さず、竹内は青木の昔話を記憶の中から引き出した。

「人が良くて、友人のためにバイトしたり、お金を用立ててあげたりする娘だったって話ですけど。今時そんな娘、いますかね」
 本当は自分が男に貢いでいたのを、友だちのこととして青木に話したのではないか。青木から話を聞いたとき、竹内はすぐにそう思った。添田副支店長が昔から株に手を出しては借金を重ねていたことは調べがついている。青木と付き合い始める前から、彼女は添田と関係していた可能性もあると竹内は考えていた。
「だいたい、欠点がひとつも無いなんて、うさんくさいです。彼女が自分を偽っていたのか、青木がのぼせ上がって何も見えなくなってたか。そんなところじゃないですか」
 青木の持つ情報は、あまりにも偏りすぎていると竹内は判断していた。こなした数には自信があるが、そんな女性にはお目にかかったことがない。もっとも竹内なら、欠点の一つもない女性を魅力的だとは思わないが。女は欠点があるからこそ可愛いのだ。

「女ってのは、必ず裏の顔を持ってるもんです。青木みたいに初心なやつには分からないでしょうけど」
 薪は黙って竹内の女性論を聞いていたが、竹内がそう結ぶと、横柄に顎を反らし、眼を半分伏せた嫌味な表情で、
「ただれた恋愛ばかりしてきたんですね。竹内さんらしいです」
「……わかりました。青木は素晴らしい女性と付き合っていた。そういうことにしておきましょう」
 しかし、彼女はクロだ。これは譲れない。

「だけど、ひとは変わるものです。あなたも俺も、ずい分変わったでしょう?」
「人間の本質は、そう簡単に変わるものじゃありませんよ。例えば、プレイボーイは一生プレイボーイでしょう?」
 甘いマスクににモノを言わせて女の子をとっかえひっかえしていた頃のことを揶揄されて、竹内は降参の徴を胸の前に掲げた。両手のひらを相手に向けて、軽く肩を竦め、
「そうかもしれませんね。でも、その本質が出せない時期は人生の中で必ず訪れます。今の俺みたいにね。彼女もきっとそうなんですよ」
 自分が雪子と付き合いだしてから、プレイボーイの血が騒がなくなったように。彼女は青木と別れたことで、自分が元来持っていた美しさを発揮できなくなった。そういうことかもしれない。

「彼女と話をさせてくれませんか」
 速記者も付けず、外部のものを取調室に入れるのは完全な違反行為だが、毒を食らわば皿まで。いい加減、薪の顔に合わない無法ぶりにも慣れてきた。犯人を挙げるためなら、違法捜査ギリギリのことでも平気でやる。度胸がいいと言うか、無鉄砲と言うか。
「竹内さん。彼女から得た事件の情報は、全部あなたに渡します。ですから、どうか録音機は切っておいてください」
 頷いて竹内は、留置所にいる美月を取調室へ連れて来た。その後で薪を取調室へ案内し、こっそりと隣の覗き部屋へと移動する。誰もいないことを確認し、用心のために鍵を掛ける。
 マジックミラーの向こうでは、スチール製の事務机を挟んで薪と美月が静かに向かい合っていた。



*****

 しゅらばらんば2~♪(←すっごく楽しいらしい)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

Aさまへ

Aさま、こんにちは。

> 薪さん、そんなに優しくすることないよ(^^;)

ふふふふー、これはうちの薪さんなので。 女の子に弱いんです。<こらこら。
原作では絶対にあり得ないですねー。 女子供も容赦しませんからねー。

生島先生と美月は、うん、似てるかも。 多分これ、8巻の話を読んで書いたんですね。(記憶があやふやです(^^;)
わたしねえ、薪さんが生島先生を払いのけたシーン、実はあんまり好きじゃないんですよ。 それできっと、犯罪を犯した女性に優しい薪さんを書いたんだと思う。

薪さんが美月にやさしいのは、ちゃんと理由があります。
それは、薪さんが彼女に感謝しているから……ネタバレになるので、先をお楽しみにっ。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

しづの日誌

法医第十研究室へようこそ!
おかげさまで8歳になりました(^^♪
文字サイズをお選びください
最新記事
最新コメント
拍手のお返事
いつもありがとうございます!

最新拍手コメのお返事はこちらです。

過去の拍手レスの確認は、該当記事の拍手欄を押してください。
鍵拍手コメのレスは、記事のコメント欄にお返しします。
月別アーカイブ
カテゴリ
詩 (1)
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
QRコード
QRコード
FC2カウンター
こんにちは(^^
現在の閲覧者数: