水面の蝶(17)

 ラストですー。
 原作とかけ離れた話になっちゃったのに、読んでいただいてありがとうございました。

 さて、メロディ買に行こうっと♪





水面の蝶(17





 コンクリート製の殺風景な箱の中で、透明なアクリル板を挟んで、山本美月は昔の恋人と向き合っていた。
 遠い記憶の中に眠る彼、そのままの姿で青木は美月の前に現れた。8年ぶりに再会したときと同じ、懐かしそうに愛おしそうに自分を見つめる黒い瞳。
 彼が、皮肉でもないせせら笑いでもない、心からの笑みを浮かべているのを見て、美月は不安な気持ちでいっぱいになる。

 どうして?
 自分は彼を騙したのに。その上、怪我まで負わせたのに。
 何故かれは笑っているの。どうしてわたしを責めないの。

「美月。少し痩せたみたいだ。ここのご飯、美味しくないの? 何か差し入れして欲しいもの、ある?」
 やさしさに満ちた彼の言葉に、美月は力なく首を振った。
 拘置所の麦飯は、パサパサして不味い。おかずもみすぼらしい。でも、親が差し入れてくれた弁当も似たようなもので、結局は喉を通らずに同室の者にあげてしまった。拘置所には専門の売店があって、そこで買ったものしか差し入れることはできない仕組みになっている。

「口に合わなくても、ちゃんと食べなきゃダメだよ。いざって時に力が出ないからね」
「いざって……どういう時?」
「うーん、運動の時間とか、入浴の時間とか?」
 必死に頭を巡らせたであろうその回答に美月は苦笑し、強張っていた肩の力を抜いた。
「そうね。ここじゃ、動くときってそれくらいしかないものね。気をつけないと太っちゃうわ」
「大丈夫。美月は太ってもきれいだから」

 呑気な会話の裏側で、彼が何をしに来たのか、美月は必死で考える。
 自分を詰りに来たのではない。恨み言を言いにきたのでも、嘲笑いに来たのでもない。じゃあ、何のために?

「美月。がんばるんだよ。オレ、美月のこと信じてるから」
 熱心に言われて美月は、青木がここに自分を励ましに来たことを知る。まさか、まだわたしの嘘を信じているんじゃ。
「一行。あのね、わたしがやったの。全部、わたしが」
「それは分かったよ。そうじゃなくてさ」
 照れくさそうに後頭を掻いて、青木は苦笑いした。子供が友人の悪戯に引っかかったときに見せるような、それは他人を安心させる笑顔だった。

「美月がちゃんとやり直せるって。オレ、信じてるから」

 同じように、自分の未来は決して閉ざされてはいないと言ってくれた人のことを美月は思い出す。美月がつけた頬の傷を絆創膏の下に隠して、今の青木と同じように美月の身を案じてくれた、彼。

「『薪さん』元気?」
「うん。相変わらず仕事の鬼だよ。今日も日曜なのに、このあと職場に戻るって」
 この後、ということは、ここまで一緒に来たのだ。おそらく外で待っているのだろう。見せ付けてくれるわ、嫌味のひとつも言いたくなっちゃう。

「あの後ね、わたし、薪さんと話をしたのよ。あなたと会った翌日、朝早くに薪さんがわたしのところへ来たの」
 へえ、と青木は眼を丸くした。どうやら知らなかったらしい。
「まさかあんな美人を射止めるとは思わなかったわ。すごいじゃない、一行」
「えっ。薪さんと何を話したの?」
「何って、色んなことよ。一行と『薪さん』の間であった、あーんなことやこーんなこと」
「ま、まさか! いや、それは薪さんの冗談だよ。オレたち別に、ソープごっことか猫耳プレイとか、してないから!! それに、女装は薪さんの趣味ってわけじゃなくて、仕事で仕方なくだからね、誤解しないようにね。まあたしかに新鮮ではあったけど。チャイナドレスもゴスロリも刺激的だったなあ……でも一番はやっぱり着物かなあ。そうだ、この次はメイド服着てもらって『ご主人様とメイド』のシチュで」
「一行……あなた、変わったわね」
 別れておいてよかった、と美月はさばけた口調で言い、久しぶりに声を立てて笑った。

 明らかにホッとした様子の昔の恋人と、後は他愛のない会話をしながら、美月は心の中で彼に語りかける。

 一行、覚えてる? わたしがあなたと別れるときに言ったセリフ。
『あなたはわたしを見ていない』

 わたしと付き合ってたとき、いいえ、その前から、あなたが見ていたのはあの人だけ。
 あなたは忘れちゃったみたいだけど、どうして弁護士をやめて警察官になることにしたの、って聞いたら、あなたはこう答えたのよ。
『科学警察研究所に薪剛って警視正がいるんだけど。警察庁始まって以来の天才って呼ばれてて、法医第九研究室っていうところの室長をやってるんだ。オレ、そこで働きたいんだ』

 彼に憧れている、とはっきりあなたは言った。
 あなたに自覚はなかったかもしれないけれど、わたしの目から見れば、それは紛れもない恋だった。
 同じ職場で働くようになってからは、もうそれを隠そうともしなくなった。たまに返って来るメールの内容が『薪さん』のことばかりなんて、ひとを馬鹿にするにもほどがあるわ。他の誰かに首ったけの男と付き合えるほど、わたしは寛容な女じゃないの。
 良かったわね。そこまで恋焦がれたひとと、相思相愛になれて。わたしは……。
 わたしは、失敗しちゃった。

「美月」
 面会の終了時間が近付いて、青木は真面目な顔になって美月の名を呼んだ。
「君に恋をして、オレは幸せだったよ」
 わたしもよ、と心の中で、美月は叫ぶ。あの頃が一番幸せだった。

 どうして。
 どうしてこの人の手を放してしまったのだろう。このひとが傍にいれば、わたしはきっと道を誤ることはなかった。今でもこの人の傍で、幸せに笑っていられたはずだ。
 でも現在、彼の傍にいて微笑んでいるのは自分ではなく、あのひと。警察署の取調室で話をした、驚くほどに美しいひと。
 彼があんなに美しいのは、一行の傍にずっといるから? 彼の愛情を受け続けているから?

 そう思いかけて、美月はそれがすべての理由でないことに気付く。薪はあのとき、自分に言ったではないか。

『青木の残したものが、あなたの中にもきっとある』

 万が一彼を失っても、薪は折れない。自分の中にある青木一行を見つめて、前に進むことができる。それは青木も同じこと。
 自分の中に薪がいるから、青木はそのやさしさを失わずに。
 自分の中に青木がいるから、薪はずっと美しいまま。
 互いが互いを磨くように、どんどん精練されていく。余計なものを取り去った糸はとても強くて、寄り合わせたらエクスカリバーでも切れない。

「だから、また別の誰かに。その幸せを分けてあげて」
 青木が最後に言った言葉に、美月は力強く頷いた。顔を上げて、しっかりと青木を見た。彼女の鳶色の瞳はキラキラと輝いて、やっぱり美月はきれいだ、と青木は思った。




*****




 T拘置所の石造りの門の陰で自分を待っていた上司に歩み寄って青木は、お待たせしました、と頭を下げた。これから職場に戻るつもりの彼は、仕事用のダークスーツに身を固め、でも休日らしく少し華やいだネクタイをしている。仕事が早く終わったら、食事くらいはと思ってくれているのだろう。

「どうだった?」
「元気そうでした。ちょっと痩せちゃってましたけど、笑うこともできるみたいでした」
 そうか、と素っ気無く背を向けて門の外に出た薪を、青木は後ろから追いかける。早足の薪に合わせるために、自然に歩幅が大きくなった。

「美月と話したそうですね。その、プライベートなことまで」
 青木が先刻得たばかりの情報を薪に確認すると、薪は明らかに歩を乱した。
 横目で睨むと薪は、ぷい、と横を向き、通り沿いのショーウインドウに飾られたこの秋の流行ファッションを眺める振りで青木の視線を避けた。バツの悪そうなその様子から、彼女の証言は信憑性を高める。

「ずるいですよ、薪さん。オレには、事情を知ってる三好先生にすら絶対に自分たちのことは話すなって言うくせに、自分は美月に喋っちゃうなんて。オレ、猫耳プレイのことはふたりだけの秘密にしておきたかったのに。あ、でも、着物プレイの良さは彼女も知ってて、着付け用の紐で両手を縛って長襦袢の裾を」
 ごん! という音がして、薪のおでこがショーウインドウとキスをした。振り向きざまに、あほか、と罵声が飛んでくる。
「おまえこそ何の話をしてきたんだ!? 彼女のこれからの人生、かかってんだぞ。ちゃんと元気付けてきたのか?!」
「大丈夫ですよ」

 脅しつけるような下方からの攻撃に、青木は余裕で切り返す。両の手のひらを前に出し、にこりと笑って、
「彼女、オレが大好きだった瞳の色をしてました」
 青木の言葉に、青木の大好きな亜麻色の瞳が凪いだ海のように穏やかになる。表情は変わらずとも、ゆっくりと開かれる細い肩が彼の気持ちを伝えてくる。

「あの瞳ならきっと。羽根を休められる草も、蜜を吸える花も見つけられると思います」
 薪はそれには何も言わず、黙ってまた歩き出した。青木もそれ以上は言葉を発せず、彼に並んで歩を進める。
銀杏並木の色づき始めた初秋の道を、ふたりは静かに歩いていった。




―了―


(2010.12)


テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま、こんにちは!

8月号読後にこちらを読んでいただいたとのこと、
せっかくの感動が台無しになってしまったのではないかと危惧するのですけど。(^^;)
拙い一文ですが、Aさまのお心に残していただけて光栄です。
互いの中に互いがいる、という関係は、わたしが彼らに望む理想像です。 本人たちが気付いているかどうかは微妙ですけど。 ズレてるのがうちのあおまきさんのカラーですから☆


> 生きている限り全部無くしてもまた大切なもの失いたくないものは生まれてくる・・

そうなんですよおおお。(TT)
望まなくても、許されないと思っても、生まれてきてしまうんです。
それが人間の業であり悲しさであり、素晴らしさなんですね。 だから人は生きるんですね。
最終回の立派な薪さんより、こっちのダメダメな泣き虫薪さんの方がわたしは百倍好きです。 抱きしめたくなっちゃいます。 薪さん、愛し過ぎる……!


Mさまへ

Mさま、こんにちは!!

6月は忙しいと仰ってましたね。
一段落着かれたようで、ゆっくりエピローグが読めたんですね。 よかったですね。(^^



> 何でしょう、この結末は。

ねえ!!
これ、本当にエピローグなの!? って思いましたよね。 最終回で出した(ように見えた)彼らの最終結論、悉くひっくり返ってるじゃないですか!

最終結論  雪子さん 「青木君が好き。 一からやり直しましょう」 →黒田さん、おめでとうございます。
        青木さん 「薪さんは自分の家庭と子供が欲しいんだ」 →オレは薪さんと家族になりたい。
        薪さん  「青木と雪子さんに結婚して欲しい」 →青木さんの写真見て爆泣。(←すみません、これ、うちの男爵と五十歩百歩じゃ?)

つまり、わたしが最終結論だと思ったものは一から十まで間違っていたってことですよね?
間違った思い込みでMさまにさんざん心配掛けてしまって、
本当に申し訳ありませんでしたー! 穴があったら入りたいですー!


> しづさん的には「ここはもっとこう」とか、色々思うところがあるのでしょうが、
> 大きい意味で「成就」じゃないですか???

いやもう、最高ですっ! 
青薪成就以外の何ものでもありませんっ!!
わたし、こんなん書いてますけど、実はBL読まないんです。(^^;
そのせいかな、原作でがっつりラブシーンとか、正直見たくないんです。 だから、こういう終わり方をしてくれて本当によかった……!!

ちょっとだけ残念だったのは、雪子さんの扱いが~。
たった一コマ、それも一行だけって。 いくら何でも可哀想ですよ~。 
あの辺の経緯、もうちょっと詳しく描いてくれなかったら、青雪さんの復縁を心から望んでいた人たちは納得できないんじゃないかと、お節介にも考えてしまいました。


MさんのBLデビューは、
えー、どうだろう。 
それはMさんがBLを読んでみないと何とも~。 
薪さん以外はダメ、ってなるかもしれませんよ。 意外とそういう方、多いんですよ。 わたしもそうです。


> 青木めっ、

いやん、青木さんをそんなに責めないでくださいよ~。 可愛いじゃないですか~。 (←最終回直後、あの男には何期待しても無駄だ、とかほざいてたくせに)
ウジウジくん、頑張ったじゃないですか!
懸命に悩んで泣いて、自分の心と向き合って、ちゃんと答えを見つけたじゃないですか! この時代に手紙なんて、ステキなプロポーズ(?)じゃないですか!
よく頑張った、青木さんっ……!!


> 手紙読んだ薪さんの表情をきっと読者は見たかった…!

これもまた、色々想像できて楽しいですよね!
わたしもちょっと想像したんですけどね、
手紙を読んだ薪さん、超フクザツな顔で黙々とペンを走らせる。
めっちゃ赤ペン添削された手紙が青木さんのところへ返ってきて、「プロポーズとしてはまあまあだ。これで行け。きっと雪子さんも喜んでくれる」とか、とんちんかんなことが書いてあったりして、青木さんがガクー、てなる。
だって薪さん、まだ雪子さんが結婚したこと、知らないよね? ハガキを見て、やっと結婚報告か、なんて言ってたくらいだもの。 その状態で「オレと家族になってください」て言われてもー。 青木さん、まずはそこから説明しないとー。(笑)


アントキノシヅサン、は~、
あはははー、ワイルドでしたかー。(^^; 
いやー、お恥ずかしい!
でもやっぱり、Mさんが思われたようなこと、わたしも考えましたよ☆ 
Mさんにわたしの気持ちを分かっていただけて、とっても嬉しかったです♪ 


> 水面の蝶 、お疲れ様でした!!!

読んでいただいてありがとうございます!
もったいなくも、よそ様のコメントに引用までしていただいて。 
きゃー、と舞い上がってしまいました、恥ずかしかったです、でもそれ以上に嬉しかったです。


> もうね、穏やかな薪さんが心の内を語ってるサマが何とも胸を締め付けられてですね、
>
> うああああぁーーーって。

8年と言う年月と、その間、絶え間なく注がれた青木さんの愛情の結果ですね。
これから青木さんが薪さんと家族になったら。 きっとこんな風に、穏やかに胸のうちを語れる薪さんになれると思うんです。



Mさんの記事は、
いいえ、わたしじゃないですよー。
5月に会ったときに1度伝言はしましたが、その後はしてないです。
なので、お話したくて書かれたんだと思いますよ。 きっとMさんのコメントが、彼女の興味をそそるものだったのでしょうね。 だから記事にされたのじゃないかしら。



8月号の感想は、
あ、やっぱり書かなきゃダメ?(笑)
いやー、まだ、第一の脳が機能してなくて。 リアルの文が書けないんです。 (第三の脳からは、うへへへへへ、という気味の悪い笑いしか出てきません)
でも最後ですものね。 もうちょっと落ち着いたら、頑張って書いてみますねっ!

ありがとうございました!!



Sさまへ

Sさま、ご丁寧にありがとうございます。(^^

ご指摘の件ですが、
いえいえ! まったく不自然に感じませんでしたよ!
薪さんが自分の気持ちを再確認したのは、2回目のインタビューがきっかけだったと思います。
「今でも?」と訊かれて、即答できませんでしたよね。 きっと、最後まで答えられなかったんじゃないかな。
あれは、青木さんとNYで再会した後でしたから。 すでにグラグラ揺れていたものと思われます。(笑)

それがきっかけで、トドメが青木さんの写真だったんでしょうね。
ずっと抑えていたものが、溢れ出してしまったんですね。
でも!
その溢れ出した想いを、今度は青木さんがちゃんと受け止めてくれるのかと思うと! 感無量です……!!!



ネコ耳プレイと着物プレイは、
あははー! 本当に、いつしたんでしょう、てか、何やってんのこの人たちは!


> もっと美月さんに嫉妬する薪さん見たかったけど、やっぱり彼はcool&beautyですね。

妬きませんでしたね~。
元来はヤキモチ妬きなんですよ、彼。 あんまり表には出しませんけど。 でもって、腹立ちは相手の女性じゃなくて、青木さんに向かうんです。
今回は、本当に美月に感謝していたんでしょうね。 美月との恋も、青木さんを形作る大切な1ピースなので。


その後、お仕事いかがですか?
ご無理されてませんか?
以前、Sさんがブログに書かれていたように、このお仕事も「これから出会う大切なもの」になるといいですね。(^^


プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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