クッキング2 (3)

 と言うことで、しづがこの年になって初めて味わった恐怖体験=歯医者でした。
 40超えて、生まれて初めて虫歯の治療をしたんです。 もうどんだけ病気に縁がないんだか。


 たかが虫歯なんですけど、これがけっこう大変だったんですよー。
 虫歯になった親不知が横向きに生えてやがりまして、
 メスで歯肉を切開して歯を3つに割って抜いたんです。
 口の中、5針も縫ったんですよー。 時間も1時間くらい掛かったし。

 歯医者さんに事前に、
「抜歯後、3日くらいは腫れと痛みがひどいと思いますので、痛み止めで凌いでください。
 1回1錠とありますが、効かないようでしたら2錠飲んでも大丈夫です。 時間も6時間あけるようにとの指示がありますが、我慢できない様だったら4時間くらいでも大丈夫ですから。
 完全に痛みがなくなるまでには1週間程度かかると思います。
 人によっては首から胸にかけて痣が浮いたりもしますが、2週間程で消えますので心配しないでください」
 と物々しい説明を受けて、ビビりましたー。
 みーちゃんが励ましてくれなかったら、勇気が出なかったかもー。 みーちゃん、ありがとう。(^^

 そんなわけで、相応の痛みは覚悟してたんです。
 そしたらね、不思議なことに夜になっても痛くならないの。
 ほっぺと喉は腫れて、だから患部に触れたり食べ物を飲み込んだりすると痛かったのですけど、風邪引いて扁桃腺腫れた時に比べたら何てことなくて。
 麻酔、いつになったら切れるんだろう、と思いながらその夜は眠って、そしたら、
 翌日になっても痛くならないの。

 消毒の為に歯医者に行って、
「痛み止めは何錠飲みました? まだ、残ってますか?」と訊かれて、
「すみません、一錠も飲んでません。 痛くならないんです」
「……ラッキーな方ですねえ!」
 医者にラッキーって言われちゃいましたよ。(@@)

 痛みには個人差があるとはいえ、5針も縫ったんですよー。 不思議ですよねえ?
 

 ひきかえ、薪さんは痛かったみたいですねえ。
 個人差がありますからねえ。(笑)

 ちなみに、
 わたしが掛かった歯医者さんはすごく上手で、治療中、まったく痛みを感じませんでした。 説明も丁寧でやさしくて。 近所にあんなに腕の良い歯医者さんがあってよかったです。
 薪さんも、ここに来ればいいのに。







クッキング2 (3)






「裏切り者」
 幽鬼もかくやの恨みがましい声に、青木は何度目かの溜息をそっと吐き出した。コーヒーの馨しい湯気が、それを受け止めてくれる。
「僕は世界一不幸な男だ。信頼していた部下に裏切られ、愛する恋人には陥れられ」
 未だ麻酔の醒め切らない左頬の不自由さが薪のネガティブに拍車を掛ける。大好きなコーヒーを飲むのも一苦労だし、何だか味もよく分からないようだ。

 虫歯の治療を済ませた薪は、疲れ切った様子で青木の隣に腰を下ろした。会計と次回の予約を済ませ、「家に帰りましょう」と青木が声を掛けると、こっくりと頷いた。差し出した青木の手を握り、駐車場まで手をつないだまま歩いた。俯き加減に眼を伏せて、青木は基本、元気な薪が好きだが、こんな大人しい彼も可愛いと思った。
 しかし、診察室から出てきた時のしおらしい態度は時間と共に薄れ、代わりに彼を支配したのは自分を此処に追いやった人間たちへの復讐心、というか、完全なサカウラミだ。思うに、異様に素直だったのは一種の虚脱状態だったのだろう。

「こんな過酷な運命がこの世にあっていいのか。神も仏もないのか」
「大げさな。たかが虫歯じゃないですか」
 歯医者くらいで運命を嘆かれても。

「薪さん、酔っぱらうと寝ちゃうクセがあるでしょ。あれがいけないんですよ。寝る前にはきちんと歯磨きしないと」
「虫歯になったことを嘆いてるんじゃない。僕はおまえたちの裏切り行為に傷ついてるんだ。この僕に向かって、歯医者に行けとは何事だ」
「いい大人が虫歯でほっぺた腫らしてりゃ、誰だって歯医者に行くことを勧めますよ」
「それが嫌だから薬を飲んでたんだろ。どうしておまえらはそれで納得しないんだ」
「いや、虫歯って薬じゃ治らないし」
「だからって歯医者に行けなんて。よくそんな残酷なことが言えるな」
「痛み止めで痛みが抑え切れなくて、ボロボロ泣いてたのは何処の誰ですか」

 虫歯になったら誰だって歯医者に行くだろう。青木が当たり前のことを口にすると、薪は亜麻色の瞳を怒りに燃え上がらせ、
「おまえ、あいつらが診療室という拷問部屋で患者という名の生贄にどんな非道を行うか知ってるのか!?」(全国の歯医者さん、すみません)
 ローテーブルの上に乱暴に置かれたカップが、ガチャンと音を立てる。中のコーヒーが揺れて、薪の心中を映すかのように黒く波打った。
「ドリルだぞ!? ドリル口の中に突っ込むんだぞ! あれが人間のすることか?!」(全国の歯医者さん、本当にすみません)

 ぷるんと艶めく口唇を指差し、ここに入ったんだ、顎が外れるかと思った、口の中ズタズタに切られて死ぬかと思った、と喚きたてる彼の口の中は綺麗なもので、麻酔針の出血痕すら残っていない。

「悪魔だ、悪魔の所業だ。人間らしさの欠片でもあれば、同じ人間に対してあんなことができるはずがない」(全国の歯医者さん、本当に本当にすみません)
 飛び入りの患者を快く診てくれた歯医者の方が、仕事中の薪より遥かにやさしいと思うが。
「あいつら、みんな悪魔の手先だ。人に苦痛を与えるために地獄からやって来た魔物たちなんだ。なんて恐ろしい……」(全国の、ああもうなんか謝るのもめんどくさい)
「薪さん」
 大仰なとは思いつつ、この世の地獄を見てきたと言わんばかりに青ざめる薪を見ていると、人の好い青木には同情心が湧いてくる。やさしく名前を呼んで、小刻みに震える彼の手を自分の手の中に大切にしまい、青木はありったけの愛を込めて言った。

「次の予約、来週の月曜に入れておきましたから」
「ヒトデナシッ!!」

 青木の手を払いのけて薪が鋭く叫ぶのと、チャイムの音が重なる。激した薪はその音に気付かないらしく、クッションで青木の肩を殴り続けた。
「薪さん、誰か来たみたいですけど」
「ごまかそうったって、お?」
 2度目のチャイムは薪の耳にも届いて、仕方なく彼はクッションを青木の顔に投げつける。誰だ、こんなときに、と苛立った口調でモニターを確かめに行った彼は、何故だか凄まじい勢いで戻ってきて、青木が座っていたソファの後ろに身を潜めた。

「青木、僕は留守だ。チベットに修行の旅に出たって言ってくれ」
「はあ?」
 薪がこんなに怖れるなんて、一体誰が訪ねて来たのかとカメラを見れば、彼の古くからの友人と捜一のエースが仲良く並んで立っている。薪が雪子を避けるわけがないから、薪の居留守の理由は彼女の隣にいる男のせいだろう、と青木は察しを付けた。

「いらっしゃい、三好先生。竹内さんも」
「ごめんね、急に。これ、薪くんの虫歯が完治したら飲んで」
「ありがとうございます。どうぞ上がってください。薪さん、先生と竹内さんが薪さんの好きなお酒を……薪さん?」
 見ると薪は床に四つん這いになって、何から防護しているのか頭にクッションを巻くようにして両手で押さえている。いわゆる頭隠して何とやらの格好で、どうしてこの人ってパニックになると果てしなくギャグキャラになっていくんだろう。
 しかし、パニックの理由が青木には分からない。雪子から白衣を連想して、歯医者の記憶がフラッシュバックしたとか?

「薪さん、三好先生ですよ」
 勧められたスリッパをパタパタ言わせて、雪子は足早に薪に近付いてきた。ソファの裏側に潜む薪の前に膝を着き、薪の顔を覗くように背中を丸める。逃げ切れないと観念したのか、或いは彼女が自分の友人であることに気付いたのか、薪はそっと顔を上げ、雪子の黒い瞳を自分の色素の薄い瞳で見つめた。

 次の瞬間、
「雪子さん、勘弁してください、命だけはっ!」
「薪くん、一生のお願いっ!」
 二つの音声は完全にラップして、当人たちにも相手が何と言ったのかハッキリとは聞き取れない。それでも、雪子に自分を害する意思がないことは、薪に伝わったようだった。おずおずと顔を上げ、そろそろと上半身を伸ばす。無意識にクッションを抱きしめる薪の様子はすごくかわいくて、青木は彼の姿が竹内の視界に入らないように、さりげなく己が身体の位置をずらした。

「雪子さん、僕を懲らしめに来たんじゃ」
「それどころじゃないのよ。大変なことになっちゃって」
 雪子はバリバリのキャリアウーマン、一人で生きていける女の代名詞みたいな女性だ。美人で仕事もできて、上司の信頼も厚く部下からも慕われている。その上、警視庁一のハンサムと名高い竹内と婚約したばかり。仕事も日常生活も恋愛も、今の彼女に死角はないと思えるのに、この困惑顔はどうしたことか。

「お願い、助けて。薪くんしか頼る人がいないの」
「はい。僕にできることでしたら何なりと」
“お願い”の内容も確かめず、薪は協力を約束する。答えには微塵の迷いもない。
 薪は雪子から多大な恩義を受けていて、だからいつも彼女の役に立ちたいと思っている。『恩義』の具体的な内容を青木は聞かされていないが、薪が彼女を特別扱いすることの一番の要因が、彼女の婚約者を殺めてしまったことであろうことは想像に難くない。驚くべきことに、その上で彼らは友人関係を続けている。それが上辺だけのものになっていないのは、雪子の人間性によるものが大きい。そういう彼女を青木もまた尊敬しているし、青木自身、彼女には薪に片思いをしていた頃さんざん世話になっている。彼女が困っているなら、これは恩返しのチャンスだ。

「先生。オレも協力しますよ」
「助かるわ、青木くん。ありがとう。あたし一人じゃ薪くんを説得できるかどうか、不安だったの」
 安堵の微笑を浮かべる雪子に、でも薪は少しだけお冠のようだ。秀麗な眉を不服そうに寄せて、
「僕が雪子さんの頼みを断るわけないじゃないですか」
 床で話をしていても何だからと皆にソファを勧め、自分も座り直した薪は、向かいに座った男に不快そうな視線を注いだ。竹内は、古くからの薪の天敵。その上大事な雪子のハートまで盗られて、薪の恨みは募るばかりだ。
 そこから僅か50センチ、左にずらされた薪の視線は、途端に柔らかく和む。第九の職員たちには決して与えられることのない特別仕様の笑顔を惜しみなく雪子に向けて、薪はにこやかに促した。

「どうぞ、何でも仰ってください」
「じゃあ遠慮なく」
 応じたのは何故か、隣に座った竹内の方だ。当然、薪の機嫌は急転直下で悪くなる。
「僕は雪子さんに言ったんですよ。どうしてあなたが?」
「薪くん、とにかく聞いて。あたしたち、二人からのお願いなの」
 雪子に諌められて、薪は軽くくちびるを尖らせた。そうすると、左頬が未だ少し腫れて赤いのが幼さを強調して、冗談みたいに可愛いのだ。自分以外の誰からも見えないように薪をパーティションで囲ってしまいたい衝動を、青木は必死で抑えた。
 青木が薪を一番見せたくない相手、それは竹内だ。彼は雪子と婚約する前、薪のことが好きだったのだ。その気持ちには整理が付いたから雪子と婚約したのだろうが、完全には信用できない。今だって不自然に眼を逸らしたりして、薪を意識しているのが伝わってくる。

「実は」
「お断りします」
「……あの、まだ何も」
「薪くん、聞いて」
「雪子さんには申し訳ありませんけど、この男の口から出ることなら、それがどんなに安易で且つ人道的なことでも同意しかねます」
 竹内の手からは赤い羽根も買いたくない。そういうことらしい。

「薪さん、それは人としてどうかと」
 さすがに竹内が可哀想になって、青木は助け船を出す。刹那、薪はものすごい眼で青木を睨んだが、「話も聞かないのは男としての度量が疑われる」と再度青木に説得され、渋々ながら聴取の体勢を整えた。
 薪に言うことを聞かせたかったら、男らしさを説くのが一番だ。薪は「男らしい」という文言が入っていれば多少の難事には眼をつぶる。歯医者もこの手で行けばよかったか、と今更思い当たって青木は、次回の歯科医大作戦には「デンタルクリニックは男修行に最適」との法螺話を組み込むことに決めた。

「今度の日曜日、俺の」
「その日は用事がありまして」
 ―――― 呪文、発動せず。男のプライドよりも感情が勝ったらしい。どうやら「男は歯医者を恐れない」作戦も試す前から失敗の可能性大だ。
「母が京都から」
「海外出張の予定が入ってまして、僕は日本にはいませんので、ふががっ」
「どうぞ、押さえときますから」
 結局は実力行使に頼るしかない。青木は薪の口を手でふさぎ、話の続きを促した。

「結納の日取りも決めたいし、先生とゆっくり話がしたいと母が言い出しまして」
「さっそく嫁イビリか! 雪子さん、辛い思いしてまでこんな男と一緒になることは、むががっ」
「ちょっと、青木くん。よく押さえておいてよ」
「すみません」
 再び物理的に薪を黙らせたものの、青木は少し不安になる。嫁姑問題は人類永遠の課題と言っても過言ではない。薪の言葉もあながち的外れではないのかも。

「反対されてるんですか? それで薪さんに相談を?」








テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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親不知

しづさん、親不知を抜かれたんですか?
私も抜きましたよ!
ほとんど同じ、横に生えちゃったので、切開して歯を2つに切って抜き、縫いました。
アメリカだったら全身麻酔の手術です。
その後痛かったのかは覚えていませんが<忘れるくらいだから余り痛くなかったはず?、やはりちょっと腫れましたね。
いやーん、同じ〜、ってSSと関係なくてゴメンナサイ^^;

こちらの雪子さんは薪さんに愛されていて嬉しいです。
竹内もカッコイイよ〜♪

めぐみさんへ

めぐみさんも親不知を!
やっぱり横向きに生えちゃってたんですか? 切開して2つに割って、あ~、やっぱり聞くだけで痛そうです。(><)
でも、
わーい、お揃いだー♪


> アメリカだったら全身麻酔の手術です。

そうなんですか!?
全身麻酔って危険が高いって聞いた気がするんですけど、そんなに大事!? 

わたしはですね、
歯を切ってる最中、笑いそうになって困りました。
だってね、ギュイーンッ!とか言って小型のチェンソーみたいなので口の中切られて血だらけなのに、痛くないんですよ。 可笑しいと思いません? もう腹筋がぴくぴく震えてしまって~。
呑気ですみません。


> こちらの雪子さんは薪さんに愛されていて嬉しいです。
> 竹内もカッコイイよ~♪

これ、最終回前に書いたので……だって、雪子さん、絶対に青薪さんの味方になってくれると思ったんだもん。 青木さんにハッパかけてくれるものとばかり。
大ハズレでしたー。

原作の薪さんと雪子さんは、あの電話を最後に本当に切れてしまったのかしら。 結婚の報告も届いてなかったみたいですし。 
なんで岡部さんは、知らせてあげなかったんでしょう。 雪子さんが青木さんに付いていかなかったなら東京に残ったと思うし、田舎に帰ったとしても耳に入りますよね? 青木さんから言うと思って、遠慮したのかな。
だいたいあの二人、なんで結婚しなかったんでしょう?  最終回で、「好き」って言われて赤くなってたじゃん、青木さん。 なんだったの、アレ。 
青木さんが薪さんに恋をしていたとしても、それを自覚したのって手紙を書こうとした段階だったと思うんですよね。 薪さんのプライベートが気になるようになったのは、NYに視察に行った後のことですものね。 それまで1年も時間があったのに、何をやってたんだ、てか、何をやらかしたんだ、青木さん。 まさか、本当にベッドの中で間違えたんじゃ。(もしそうだったら薪さんは渡さんぞ。 そういう男はまた同じことを繰り返すんだ)
コミックスになるとき、この辺、加筆されるといいですね。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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