告(9)

告(9)






 第九には『お宝画像』と称されるライブラリがある。
 そこには、今までのMRI捜査の中でも群を抜いて難解な画像が保存されている。
『お宝画像』の画は凄まじい。
 戦慄、震撼、畏懼―――― どの言葉も、その画を見たものが受ける衝撃を表現しうるものではない。が、惨い画から目を背けずに隅々まで確認を行わなければ、事件を解決できる手がかりが現れない場合もある。残酷な画に慣れることは、第九の職員には不可欠な鍛錬なのだ。
 青木はもともとスプラッタやホラー映画は苦手である。ここに配属される前は、まさかこんな画ばかりを毎日毎日見続ける羽目になるとは思っていなかった。それでも青木が第九を辞めなかったのは、やはり薪の存在が大きい。

「しっかりしろ、青木! このくらいで吐くな!」
 胃の中身が逆流してきて、青木は慌てて口を押さえた。
 モニターから目を背け、込み上げてくる空えずきが治まるのを待つ。
 イライラした口調で、薪が怒鳴っている。自分の怯儒のために室長を怒らせてしまうのは不本意だが、生理的な現象には逆らえない。

 ……なんでこんなことになったんだろう。

 定刻の10分前に、青木は勇気を振り絞って室長室に出向いた。「昨日のお礼に」と、食事に誘うつもりだった。
 本人を目の前にしてなかなか言い出せずにいると、意外なことに薪のほうから「予定がなければ自分に付き合え」と言われた。
 例えどんな予定があったとしても、薪の誘いを断れるわけがない。どこへでもお供します――― そう答えた。
 そして……この有様である。

「ったく、少しは慣れろ。もうすぐ1年だろう」
 薪のほっそりした手が背中を擦ってくれる。言葉はきついが、本当はとてもやさしい。
「すこし休め」
 モニターの画像を草原の風景写真に切り替え、薪は席を外した。
 青木が吐き気を覚える画にも、薪はまるで平静だ。
 こんなにグロい画を眉ひとつ動かさずに見ることができるなど、薪の繊細な外見からは想像もつかない。しかし、それは鍛錬によるもので、薪の冷酷さの表れではないことを第九の部下たちはみな知っている。
 最初のころは室長もこうだったのかな、と思いながら深呼吸をする。背中にべったりと冷や汗をかいている。息をつめていたせいか、顔が火照る。
 
「大丈夫か。ほら」
 目の前に缶ジュースが差し出される。どうやら外の自販機まで買いに行ってくれたらしい。
 吐き気がするときに冷たい飲み物はうれしいが、申し訳ない。
「すみません、室長。……オレンジジュースですか?」
「コーヒーは嘔吐感を増大させる。こういうときは、ジュースのほうがいいんだ」
 実経験に基づく助言。やはり薪さんも昔は吐いてたんだな、と失礼なあて推量をする。
「言っとくが、僕はお前みたいに吐かなかったぞ」
 見抜かれた。
「僕じゃなくて鈴木が」
 隣の席について、頬杖をつく。くすりと含み笑い。
「よく介抱してやったっけ」
 青木には見せたことのないやさしい瞳。親友のことを思い出すときだけ、薪はこんなやさしい顔になる。
 鈴木さんが羨ましいです――― そんなセリフが、口をついて出そうになる。が、言ったら最後、薪の微笑は消し飛んでしまうだろう。
 だから青木は何も言わない。ただ薪の顔を見つめている。

「落ち着いたか?じゃ、次だ」
 ……まだやるんですか。

 次の映像はスプラッタではなかった。ホラー映画の方である。
 幽霊やわけのわからない妖怪が、ばんばん出てくる。視覚者は幻覚に取り付かれていたらしい。
 現実のような幻覚に、青木はごくりと生唾を飲み込んだ。さっきかいた冷や汗のせいか、背中がひどく寒い。
 部屋の隅の暗がりが、もぞりと動いたような気がする。
 マウスを操る手がこわばって、うまく動かせない。暗闇にはなにか禍々しいものが隠れていて、ちょっとでも油断したら襲い掛かってきそうだ。
「いいか。この幻覚だらけの画のポイントは、そのルーツを探ることだ。日常、眼にするものから幻覚は生み出される。つまり視覚者はこのとき、幻覚の元になる何かを見ていたということだ。そこにこの事件の鍵がある。想像力を働かせろ。たとえばこの目玉の塊は……」
 せっかく室長自ら講義をしてくれているのに、話の半分も頭に入ってこない。視覚者の恐ろしい気持ちが伝染してきて、呼吸が苦しくなる。

 青木の様子を見て取って、薪が軽く舌打ちする。
 期待に応えたい。駄目な奴だと思われたくない。いつもそう願っているのに、現実は厳しい。

「仕方ないな」
 ため息混じりの薪の声。うなだれる青木の左肩に、す、と細いあごがのせられた。
 間近に、薪のきれいな横顔。
 すっきり通った鼻筋と、意志の強そうなきりりとした眉。長い睫に縁取られた大きな眼は、真っ直ぐにモニターに向けられている。
 華奢な両腕が前に回され、背後から抱きしめられる。薪の体温が伝わってきて、寒さが薄らいでいく。

「ほら、怖くなくなっただろう?」
 マウスに置かれた青木の右手の上に、小さなやさしい手が重ねられる。涼しげな室長のイメージとは違って、意外なほどに温かい。
「僕がついてる。おまえのことは、僕が守ってやる。だから、頑張れ」
「……はい」
 本来なら、自分のほうが守護者でありたい。いかにも冷徹な上司の顔をして、意外に脆いところのあるこのひとを守ってあげたい。
 だが、薪は自分よりはるかに大人だ。

 しかし、こう密着されては別の意味で集中できない……。
 青木の複雑な胸中を露ほども知らず、薪の講義は深夜まで続いた。




*****

 なかなか告らなくってすみません、イライラさせてすみません。
 もうちょっとだけ、お付き合いください。

テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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