クッキング2 (9)

クッキング2 (9)







 日曜日の顛末を、青木は竹内から聞いた。昨日の礼にと竹内が銀洋亭で夕食をご馳走してくれて、自然にその話になったのだ。青木は彼の話をびくびくしながら聞いた。緊張して、ハンバーグの味がよく分からなかったくらいだ。
 結論から言うと、薪の魔法は発動しなかったらしい。竹内の母親は終始笑顔で、婚約式のために着物を新調すると意気込んでいたとか。
 なんだ、上手く行ったのか。それならハンバーグセットじゃなくてステーキをごちそうになればよかった、とセコイ後悔をしながら、青木は食後のコーヒーに口を付けた。

「よかった、心配してたんですよ。薪さんが、絶対に竹内さんのお母さんは喜ばない、なんて言うから」
 昨日の帰り道のあれは、妨害工作を為せなかった薪が悔し紛れに発した虚言だったのだと青木は苦笑し、でも違った。薪は本当に『魔法』を仕込んでいたのだ。
「いや、それがさ。室長、ちゃんと俺たちのこと考えてくれてたんだなって」
「は?」
「うん。ちょっと感動した」
 竹内は何かを誤解している、と青木は瞬時に悟る。雪子を盗られた嫉妬心で家も焼こうかという勢いの薪が、竹内の為になるようなことをするはずがない。

 どういうことですか、と青木が尋ねると、竹内は母親とのやり取りを詳しく話してくれた。
 用意された料理は、どれも素晴らしく美味しかった。が、ひとつだけ、明らかに失敗作と思われるものがあった。水色の中鉢に入った、所々焦げてしかも妙に甘い肉じゃが。我慢すれば食べられないことはないが、他にこんなに美味しい料理があるのだ。箸をつける必要性はないと思われた。なのに何故か、その鉢は一番先に空になった。

「えらいご馳走になりました」
 美味しい食事のおかげで会話も弾み、新しく家族になる予定の3人は、楽しいひと時を過ごせた。これもみんな室長のおかげだと竹内が薪に心の中で手を合わせていると、母親が食後の緑茶を啜りながら、
「みんな美味しゅうおましたけど、敢えて一番を挙げるなら……誠、あんたはどれを選ぶ?」
「肉じゃが」
「そ、それは失敗作で」
 困惑する雪子に、にっこり笑って竹内は言った。
「一番美味しかったです」
 先々週食べさせられた物体に比べたら、びっくりするくらい上達していた。少なくとも命の危険は感じなかった。

「奇遇やな。うちもおんなしや。いっとう心がこもっとった」
 えっ、と同時に声を上げて、竹内と雪子は顔を見合わせた。恐る恐る母親を見ると、彼女はケラケラと笑い出した。敏い二人のこと、母親の笑い声の理由にはすぐに思い当たって、つまりそれはこの猿芝居の裏側を彼女はとうに見抜いていたという事実。
 ああおもろい、と笑いを収めると、彼女は両手を膝に置き、竹内によく似た茶色の瞳で子供たちをじっと見据えた。
「誠、雪子はんも。嘘はいけまへん」
「ごめんなさい」
 雪子は素直に謝ったが、竹内は気まずい顔をしただけだった。分かってて今まで黙ってたなんて、我が母親ながらいい性格をしている。雪子に陰湿な姑だと思われなければいいが。

「わたしが料理ヘタだって、いつからご存知で?」
「先週の水曜どしたか、室長はんからお電話いただきましてなあ」
「薪くんが?」
「ちょっと待った。どうして室長がお袋の連絡先を知ってるんだよ?」
 竹内の疑問に母親は自分の口元を手で隠した。反射的に眼を泳がせたところを見ると、薪からは口止めされていたに違いない。
「お母さん」
 改まって呼びかけると、母親はしぶしぶ口を開いた。捜査一課の息子相手に隠し事ができるなんて、思わないで欲しい。

 火事に遭って怪我をした竹内の見舞いに、薪は何度も訪れていた。主に夜間だったため、竹内と話をしたのはほんの数回だったが、付き添っていた母親とは幾度となく顔を合わせたらしい。付き添いの必要がなくなると母親は自宅へ帰ったが、竹内が全快した後、薪は改めて京都まで詫びに来たそうだ。
 ご丁寧に、と茶菓を勧める母親に、薪は言った。
 もし後遺症が出ても、息子さんは自分には何も言わないに違いない。だからお母さんの方で気になることがあったら、私に教えてください。
 連絡先はこちらです、とメモをくれたので、ほならわたしも、と電話番号を教えた。それで番号が分かったのだと母は笑った。

「そんな……」
 母親の種明かしは、竹内には少なからずショックだった。自分の知らないところで交わされた密約もショックだったが、それよりも、薪が母親に言い付けるなんて卑怯な真似をするとは思わなかった。
「俺たちの結婚に反対してるのは知ってたけど、密告なんて」
「竹内、ちがう」
 小さく呟くと、雪子に即座に否定された。母親の前では「誠さん」と呼ぶことにしたのも忘れて、普段通りの口調で、だから竹内には雪子が本心から薪の告げ口を否認していることが分かる。
「薪くんはそんなことしない。あの人は、そういう人じゃないの」
「でも」

 竹内にとっては母親の言葉だ。本人に確かめれば一発で分かってしまう嘘を吐くほど、竹内の母親は愚かではない。
 説明を求める息子の眼差しを受けて、彼女は口を開いた。
「雪子はんの言うとおりどすえ。誤解の原因は自分やと、さかいに腹を立てるなら自分にと言われましてなあ。やて、雪子はんは一生懸命やっとるさかい、それやけは認めてくれと」
「室長がそんなことを?」
 薪が自分たちの援護をしてくれるとは思わなかった。いや、正確には雪子個人の援護だが、それでもプラスの要因であることには違いない。
「ほんで延々、あないに素晴らしい女の人は他におへん、ぼんはんがけなるい(息子さんが羨ましい)、機会があれば自分が成り代わりたいなんて、てんご(冗談)までおっしゃって」
「いや、最後のは結構本気入ってるかも」
「あないに別嬪さんやのに。おもろい方やなあ、室長はんは」
「薪くんたら」
 褒められて、雪子は頬を赤らめる。過大評価されると恥ずかしくなる。嬉しい気持ちよりも羞恥心が先に立って、雪子は俯いた。

「お友だちを見れば、そのひとが分かると申しますわな。ええお友だちどすな」
 雪子は顔を上げ、「はい」と返事をした。頬は未だ赤かったが、彼女はしっかりと頷いた。黒い瞳がとてもきれいだった。
 竹内の母親は目を細めて彼女を見つめ、婚約式の為に着物を新調する、と言い出した。それからは着物の話になって、雪子が自分で着物を着ることができないと知ると、「炊き合わせの前に着付けを覚えてもらわな」と着物教室が始まってしまった。

「女は謎だ」
 話を終えて竹内は首を振ったが、それは青木も同じだった。
「薪さんたら何てことを……すみませんでした」
 薪は絶対に謝らないから、謝罪は自分がしないといけない。むやみに敵を増やすのは得策ではない。最終的に困るのは薪だ。
「お母さんが寛大な方だったからよかったものの」
「いや、多分室長が言わなくてもバレてた。先生、本当のことを話すつもりだったんだと思う。でなかったら、自分の肉じゃが出す必要ないだろ」
 そうかもしれない、と青木は思った。雪子も嘘は苦手な方だ。心苦しかったに違いない。もしかすると薪の告げ口は、彼女の心の重みを除いてやりたかったのかも。

「三好先生らしいですね」
「室長と先生、同じこと考えてたんだな。あの二人、似てるよな」
「本人たちは似てないって言い張るんですけどね。どっちも自分が見えないタイプですからねえ」
「お互い、苦労するな」
「竹内さんは、惚れた弱みですね」
 甘い苦笑いを頬に浮かべる竹内を見て、青木はもう大丈夫だと思った。
 大丈夫。すべてうまく行く。
 竹内は雪子を大切にするだろう。彼女を愛し、彼女を守り続けるに違いない。彼の中で薪のことは、もうすっかり思い出になって……。

「それにしても、室長は誠実な人だな。やっぱり俺が思った通りの」
 食後のコーヒーに口中の言葉を紛らす竹内に、青木の瞳がぎらっと光る。口元に笑みを張り付かせたまま、黒い瞳を凍りつかせる。それを竹内には気取られないよう、腕時計に視線を落として席を立った。
「ごちそうさまでした。薪さんを研究室で待たせてるので、失礼します」
 青木は店を出た。何気なく視線を落とすと、出入り口の陰に、空になった缶コーヒーが捨ててあった。青木はそれに別れ際の竹内の嬉しそうな顔を重ね合わせ、缶を勢いよく踏みつぶした。



テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Sさまへ

Sさま、こんにちは。

> おちゃめで子どもっぽいところも魅力のしづさんの薪さん。
> でも、こういう本質的な部分-人の気付かないところで気を使うところ、誠実なところ-は原作の薪さんと同じで、心を打たれますね。

あらやだ、竹内と一緒にSさんまで良い方に誤解しちゃって。(笑) 
薪さんと言う人を知っていると、自然にそういう解釈になっちゃいますよね。

でもこの話では、薪さんは心の底からこの結婚をぶち壊したくて竹内母に密告したんですけど、結果的には二人の後押しをする形になってしまっただけなんですよー。  前作の『クッキング』もそうなんですけど、薪さんは二人の仲を裂きたくて、頑張れば頑張るほど空回りした上に思惑とは正反対の方向へ話が進んでいくと言う、そういう笑い話なんですー。


> 期間限定も読めてよかったです。

Sさんも読んじゃったのかー。 恥ずかしいですっ。(><)
単なるRなんですけど、「年月とともに薪さんの青木くんへの気持ちがどんどん深くなっていく様子がわかります」と仰っていただいて、書いてよかったと思いました。 
ありがとうございました。(^^


Aさまへ

Aさま、こんにちは。


あら、Aさままで『薪さん善い人説』を……さすが薪さん、人望厚いな。
でもすみません、実は思いっきり邪魔してました。(笑)


雪子さんは、弟がいるだけあって、面倒見はいいですよね。 
青木さんのお母さんとも上手くやってた、本当にその通りですね。 あのお母さんと上手くやれるなら何処に嫁いでも嫁姑問題は9割方クリアだと思っ、ゴホゴホ。
失礼しました。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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