GIANT KILLING (3)

GIANT KILLING (3)







 1時間も経たないうちに引き返してきた若き警視長に、総監は再び迫られていた。
 先刻とは、顔つきも声音もまるで違う。それは彼の右手に握られた幾枚かの写真の力か、この半時ほどの間に彼を見舞った何かの作用か。

「証拠は挙がったんです。この画の発見時刻は、中止命令が下る前です。これは命令違反ではありません」
「それは屁理屈と言うのだよ」
 確かに、それは決定的とも言える証拠だった。しかし、問題の焦点はそこにはない。証拠が見つかろうが見つかるまいが、この被疑者が政界にもたらす影響の前には、どうでも良いことだった。
 それを理解できない愚鈍な警視長は、まだ何やら騒いでいる。

「僕の部下たちが3日も徹夜して、やっと確たる証拠を手に入れたのに、今度はそれを揉み消せなんて。僕だけが知っている事実ならともかく、彼らにまで隠蔽の片棒を担がせるなんて、僕にはできません」
 まったく、どうして上層部はこの男の昇進を許したのか。彼の階級が上がるほどに、保守派の彼らの首は絞まっていく。それが予想できなかったのだろうか。
「責任は僕が取ります。事件の報告書を提出させてください」
「君ごときの首でどうにかできるくらいの相手なら、わしとて反対はせんよ」
 逆に都合がいいくらいだ。何かと意見の合わない第九の室長の首を挿げ替えることができたら、総監の職務は、今よりずっとやり易いものになるに違いない。

「ならば、あなたの首も懸けてください」
 警視庁の古だぬきは、あんぐりと口を開けた。目の前で静かな怒りに震える男が何を言ったのか、咄嗟には理解できない。
「犯罪を撲滅し国民を守る警察が、そのトップに立つ人間が、正義を貫かないでどうするんです。誰がそんな警察を信用してくれますか」
 薪の口調は、決して激しいものではなかった。脅しつけるような威圧感も、同情を買うような哀願もなかった。
 そこにあるのは、純粋な熱意だった。

「ま、薪……きさまっ……!」
 怒りのために蒼白になった顔を引き攣らせて、総監が席を立つ。重厚な執務椅子が、ガタン、と耳障りな音を立てた。
 じっと自分の目を見つめる亜麻色の瞳の中に、先刻は見られなかった彼の覚悟が燃えている。その頑迷な輝き。
 こんな目で見られたのは、久しぶりだ。

「今回きりだ。二度は無いからそう思え」
「ありがとうございますっ!」
 即座に礼を言われて、総監は面食らう。
『そう思うなら、二度とこんな理由で中止命令を出さないでいただきたい』
 皮肉屋で、しかも青臭い彼からは、そんな言葉が返ってくるものと総監は予想していた。しかし、そのときの彼はポーカーフェイスが信条の警察官僚の風上にも置けず。頬を紅潮させた少年のような笑顔で、亜麻色の瞳を希望に輝かせていた。

「感謝します、総監」
 ばっと頭を下げると、急いで部屋を出て行く。一刻も早く部下たちにこの事を報せてやりたい、そんな思いから彼の足は走り出す。
「廊下を走るな!」
 閉めたドアの外に総監の声が聞こえたかどうかは疑問だが、バタバタと響いていた足音は静かになり、総監室に静寂が戻ってきた。
「ったく、小学生か、あいつは」
 吐き捨てる口調で言う総監のたるんだ頬には苦笑が浮かび、絶対に警視正に降格してやる、と毒づく言葉とは裏腹に、妙にサバサバした仕草で執務椅子にもたれかかった。

「くくくくっ……いやー、笑いを堪えるのがこんなに苦しいとは。死ぬかと思いましたよ」
 くつろいでいた総監の顔つきが、一瞬で固くなる。奥の部屋から笑い声と共に現れた男は、明らかに自分の敵だ。
 彼の名は中園紳一。階級は警視長、役職は官房室付首席参事官。つまり、小野田官房長の現在の右腕だ。

「相変わらず面白いことやってくれるねえ、薪くんは」
「まったく、面倒な子ですな。ハチの巣を突いて騒ぎを起こして、その後始末はこちらに被せる気でいる」
 薪が小野田官房長の後継者として育てられつつあることは、衆目の知るところだ。彼の我が儘がまかり通る裏側には、この大物の力が働いている。
「だから、言ったじゃないですか。警視庁で立件が不可能と判断するなら、警察庁で引き受けますって。もともと第九は、うちの管轄機関ですしね」
 総監の顔が不快に歪む。
 先刻この男は、薪が総監室を辞したあと入れ替わりにやってきて、そんな勝手なことを言い出したのだ。

『捜査はこちらで引き継ぎます。もちろん、責任は官房室でとりますよ。あなたと同じ、警視監の首だ。文句はないでしょう』
 そんなことが、できるはずがない。
 この件は、既にマスコミに洩れている。捜査をしていたのが警視庁であり、MRI捜査を発動させるまでに被疑者を追い込んだのは警視庁の捜査一課だ。それが、犯人が現役の大臣とわかった途端に捜査を中断し、さらに警察庁の継続捜査で犯行の証明が為されるとなると、これでは警視庁は完全な道化役だ。
 しかし、あの段階では確たる証拠が摑めるという確証もなかったはず。その状態で責任の引継ぎを申し出た中園の、いや、官房室の真意は。
 そこまで、薪を信頼しているのか。それとも、警視庁のプライドを読んでのことか。

「察庁(サッチョウ)さんの手を煩わせるなど、とんでもない。もちろん、そちらのお心遣いには感謝しますが、これは初めに我々が手掛けた事件ですから。道理から言っても、うちがカタをつけるのが当然かと」
 謙虚な言葉を選びながら、総監は幾重にもガードを固める。政敵の前で弱味を見せてはならない。
「官房長殿にも、くれぐれもよろしくお伝えください」
 言葉の裏側に、いくつもの声にならない呪詛を隠し、総監は中園の目を見る。自分と同じ、冷たく、奥底の知れない瞳。

 先刻の亜麻色の瞳との、それは何と大きな隔たりだろう。
 単純で、純粋で、迷わない瞳。
 あれが警視長? ……まったく、迷惑な男だ。

「ほだされちゃダメですよ、総監」
 いつの間にか、頬が緩んでいたらしい。不愉快な冤罪を掛けられて、再び総監の顔つきが厳しくなった。
「おかしなことを言いますな。わしが薪くんに傾いた方が、あなたたちには都合がいいはずだが」
 中央の権力争いは、次長・官房長・警視総監の3つ巴。が、どちらかというと総監は、保守派の次長を支持している。自分たちの勢力を増したいのなら、総監を取り込むのが手っ取り早い方法だと思われるが。
「総監が次長よりの立場を取っているから、今の警察庁と警視庁の関係はうまく行ってるんです。間違っても官房室に靡くようなことはしないでくださいよ。現段階で次長に全面戦争を仕掛けてこられたら、こちらもお手上げですから」
 たしかに、次長と官房長の勢力は7:3と言ったところだ。しかし、総監が次長側についているから次長は焦らず、小野田派を見逃している部分もある。
「まあ、もちろん、相手も無傷では済ませませんけどね」
 食えない男だ。
 小野田は薪のような男に肩入れするところからも、捨てきれない甘さが窺い知れるが、この中園という男は冷酷極まりない。目的のためなら何でもする男だ。敵に回したくはない。

「大捕り物の準備でお忙しいでしょうから、これで失礼しますよ。抜け穴を掘られないように、頑張ってください」
 不遜に笑って、中園は部屋を出て行った。静まり返った広い部屋で、総監は背もたれに背中を預け、肩の力を抜く。
 中園の、もとい官房長の圧力が掛からなかったら、中止命令は覆らなかった。これは総監の本意ではない。しかし、この気分の軽さはどうしたことだろう。

「今ごろ第九はお祭り騒ぎだろうな。ったく、忌々しい」
 悪意たっぷりの口調で呟きつつ、警視庁の最高権力者は、笑った。




*****


 ご指摘いただいた通り、この話のあおまきさんは付き合ってないんですけどね。 何故か中園が出てくると言う矛盾。 (付き合ってたとしても、中園が出てくる頃には薪さんは、青木さんに鈴木さんを重ねたりしない)
 すみません、雑文の設定はいい加減なんです。(^^;






テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

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Aさまへ

Aさま。

> 2009で薪さんが総監にヘリでの救出をお願いしていた場面が浮かびました。

うろ覚えですけど、書いた時期もそのくらいなので、原作のそのシーンに触発されたのかもしれませんね。


> 総監って原作で処分を受けてないようですが悪い人じゃなかったのかな?

エピローグにも出てきませんでしたね☆
何のかんの言って、最終的には少女救出にGOサインを出しましたからね。 悪い人ではないと思ってましたが。
特別篇で薪さんに大臣自殺事件の隠蔽を強要していたので悪印象を抱いていましたが、処分の記述が無かったところを見ると、あれはこの総監とは別人なんでしょうね。

プロフィール

しづ

Author:しづ
薪さんが大好きです。

2008年の夏から、日常のすべてが薪さんに自動変換される病に罹っております。 
未だ社会復帰が難しい状態ですが、毎日楽しいです。

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